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久々に活気のある町へ出て、ぐっと背伸びをする。
「さて…まずはハチんとこへ行かねぇとな…」
下駄をからころ鳴らせ、向かうは目抜き通りの蕎麦屋まで。
さきはきまって、そこで一杯引っ掛けるのが日課なのである。
─気楽屋─
はためくのれんに屋号が。
そこがさきの「もうひとつの居場所」。
いつでもここは大賑わいなのだが…でも決まって一箇所、さきの為に取ってある座敷席がある。
「こんちわ、入るぜ」
いくら満腹でも、そののれんをくぐった瞬間にお腹の虫がぐぅと鳴る。
「あっらぁ〜さきさんお帰りなさい」
看板娘のお千代が、さきを見とめるなり声を上げる。
「おぅ、帰ってきたかさき」
店の奥で蕎麦を茹でている千代の親父も、彼女に軽く手を振る。
「いつものやつ…と、熱燗だったわね」
「あ…っと、今日は冷でいい」
「珍しいわねさきさん、いつも冷酒なんて飲まないのに」
「あぁ…今日はちょっとね」
いつもはここへ来ると決まって熱燗を頼むのが彼女なのだが《何か特別なこと》があるときは冷えた一杯を頼む…さきのちょっとした癖だ。
「ハチは来てるのかい?」
「あ、いつものとこにいるわよ」
横目でちらっと奥の座敷を見る。
いつもの姿を見つけ、そろりそろりといつもの席へ…
ばん!
「なに一人で飲んでんだ〜!」
ハチの背中に強烈な張り手一発!
「ぶほ!」堪らず咳き込む。
「なんなら俺がお酌してやろうか、ハチ?」
「さき…」
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ハチ…本名は鉢須賀五郎兵衛っていう仰々しい名前。
だけど決まってそんな名前で呼ばれたことはなく、<ハチ>とみんなで呼んでいる。
職業は、ここいったいを取り締まっている岡っ引きの一人だ。
とはいっても…ここ一ヶ月あまりは至って平穏無事な日々、ゆえにハチも暇な毎日である。
「いつ帰ってきたんだ!さきぃ!」
「いいじゃねぇか、俺がいつ帰ろうがお前にゃ関係ねぇだろうが」
「関係あるもないも、てめぇ!お前がいない間ずっと大変だったんだぞこらぁ!」
「へぇー、どこが大変なんだ?昼間っから一杯飲んでて大変もクソもあるかってんだ」
「クソもへったくれもあるか!酒ぐらいゆっくりここで飲ませろ!このすっとこどっこい!」
「すっとこどっこいはおめーの方だろうが!この万年岡っ引き!」
「言ったな!この万年浪人!」
「浪人じゃねーっつってんだろうが!一応俺は武士だってーの!」
「まともに仕事もねぇ野郎がいっちょまえに武士だってかっこつけんな!」
「ンだとこの金無し色気無しの万年岡っ引き!」
「おーおー、言ってやるよ!この仕事無し色気無し!」
「お、始まったねいつもの喧嘩が」
向こうの席で食事をしている客たちは、この言い争いに特に慌てる事もなく…楽しんで聞き入っていた。
「やっぱこれが無いと、ある意味このお店の名物だもんね〜」
「ほんとほんと、<喧嘩するほど仲がいい>って諺はこいつらの為にあるようなもんだ」
口喧嘩は激しいが、お互いは絶対に手を出したりしない。
それに何故か…二人の間には笑顔すら浮かんでいた。
そんなこんなで、江戸の町は始まっていくのである。
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